禁煙10日目。僕らはニコチンについてもっと知るべきだ。
10日間煙草を吸わなかったのというのは、誰がなんと言おうとひとつの達成だ。禁煙をはじめたすべての人間ができることじゃない。実際に僕だって到達できなかったときが何度もあるんだから。
だけど、最終決戦として挑んだ今回はきちんと到達した。
10日目という丘に、旗を立てた。
風が吹き、旗がひらめく。その音が心地いい。
この文章は、とにもかくにも自分のための文章だ。
もしこの文章で誰かを楽しませようとしている部分があるのなら、それは自分を楽しませるために書いている。
もしこの文章で誰かを励まそうとしている部分があるのなら、それは自分を励まそうとして書いている。
僕は僕を信じてる。
今回はかならず決着をつける。
朝起きたら、煙草のことを思い出した。
むかし別れた恋人みたいに。
すこし胸が痛んだし、会いたくなった。おそらくまだ恋心がある。
でも、残念なことではあるけれど、それは終わった恋で、もう自分は恋人と一緒にいることはできない。なによりそれを選んだのは自分自身だ。しかたないことじゃないか。でも、別れを選んだときのことを思いだせば、僕はこの別れを信じることができる。
僕は間違ってない。
これから新鮮な人生がはじまる。
自分で自分を傷つけることのない、自分の人生を十全に味わえる時間がはじまる。
そのことを、事実として、理解してる。
だから、もう会わないと決めた恋人を振り返って「会いたい」と思う気持ちが、自分の錯覚だって僕は気がついている。そう錯覚なんだ。……とここで、僕は敵の姿を思い出す。JTの刺客は、昔の恋人のような変装をして忍び寄ってくる。アサシンタイプだ。煙草会社はあらゆる手段を講じて、人をニコチン依存症に陥れようとする。僕らはそれに対して、あらゆる手段を講じて対抗しなければならない。
僕は昔の恋人を思い出しながら、その美しくて、苦しかった日々を思い出しながら、刀を抜いてアサシンタイプの刺客の胸に突き刺す。
悪いね。僕はもう吸わないんだ。(刀を振って血を払いながら)
それにしても煙草会社というのは、不憫なシステムだと思う。
彼らは決して、僕らを病気にしたいわけじゃない。
僕らに不幸になって欲しいわけでもない。
もし会社が利益を上げつづけるために、人をニコチン依存症にさせる必要がないのであれば、彼らは僕らをニコチン依存症にしようとも思わないだろう。
彼らの目的は、僕らからなにかを奪うことじゃない。
でも残念なことに、煙草会社は僕らからなにかを奪うことなしに、利益を上げつづけることはできない。それは「煙草」という商材が負っている宿命だ。
煙草は僕らに健康を与えてくれない。(でも健康を奪っていく)
煙草は僕らに時間を与えてくれない。(でも時間を奪っていく)
煙草は僕らにお金を与えてくれない。(でもお金を奪っていく)
煙草は僕らに集中力を与えてくれない。(でも集中力を奪っていく)
煙草は僕らに睡眠を与えてくれない。(でも睡眠を奪っていく)
あるいは煙草会社は言うかもしれない。
「煙草は嗜好品ですから」
たとえばコーヒー(カフェイン)や酒(アルコール)と一緒だから。
ごもっとも。そのとおり。
でも、僕らは言い返すべきだ。
煙草ほど依存症に陥るスピードは速い麻薬は、他にない
ニコチンは、ドラッグ界のスピードスターだ。
依存性
使用人口に対する依存症になった人の割合[要ページ番号][2](1999年)
依存薬物 依存 タバコ 32% ヘロイン 23% コカイン 17% アルコール 15% 抗不安剤(鎮痛剤や睡眠剤を含む) 9% 大麻 9% アメリカ国立薬物乱用研究所(NIDA)の評価[3](1994年) 最大:6 最小:1
依存薬物 依存性 禁断性 耐性 切望感 陶酔性 ニコチン 6 4 5 3 2 ヘロイン 5 5 6 5 5 コカイン 4 3 3 6 4 アルコール 3 6 4 4 6 カフェイン 2 2 2 1 1 大麻 1 1 1 2 3
「おいおい、ヘロインって、史上最凶の麻薬と悪名高い『あのヘロイン』だろ?」
とあなたは驚くかもしれない。そうなんだ。あのヘロインなんだよ。ニコチンはヘロインよりも早く、強く、僕らを依存症にする。
あるいは、このデータを見ても煙草会社は言うかもしれない。
「たしかにニコチンは、ヘロインよりも早く広く、あなたを依存症に陥れるかもしれない。だが煙草はヘロインのように、乱用による致死の可能性はほぼない。煙草の吸いすぎで、急性ニコチン中毒となって病院に担ぎ込まれた人を知っていますか? それで死んだ人を知っていますか? いないでしょう? ヘロインとは違うんですよ。煙草はあなたの健康を害するし、長期的には死病を誘発させる可能性はある。しかし、それはあくまで長期的な使用の場合だ。ただちに人体や健康に影響が出るものではない」
僕はそこで手を挙げて、もういちど最後の一行を繰り返してもらう。
「ただちに、人体や健康に影響が出るものではない」
僕らはこのフレーズを何年か前にテレビで耳にした。
でも実は、それより以前から似たようなレトリックを駆使した文章が、煙草のパッケージに記されていることに、僕はようやく最近になって気がついた。
なんども言うけれど、煙草会社の目的は、僕らの健康を害することじゃない。彼らの目的は、他のあらゆる会社がそうであるように、組織が存続し、利益を上げ、株主に利益を還元し続けることだ。ただそれだけだ。その目的ために機能しているシステムだ。
僕らから奪うことなく利益をあげられるなら、彼らはそうするだろう。
でも残念ながら、彼らの主製品は、僕らから多くのものを奪っていく。
そして煙草会社は、それを知りながら(もちろん知っている)商品を売りつづけている。それはどれだけ控えめに言っても「汚い商売」だ。僕はそう思う。罪滅ぼしのように「ノンスモーカーへの配慮」や「社会貢献活動」のようなビジネスもしているけれど、これだけ依存性の高い麻薬ビジネスをしているシステムが、どれだけ社会貢献をしていようと、僕には説得力を感じない。
「彼は私を殴ったあと、必ずやさしくしてくれるんです」
どんだけ優しくたって、殴ってる男はクズだ。それと一緒だ。
「別れろよ」
と僕は思う。僕らは別れるべきだ。
まあ、もっと考えると根はさらに深くて、JTの株主構成は以前見たとおりだけど、3割以上を日本政府が持ってる。
つまり政府は、依存性の高い麻薬を国民に販売して、課税(たばこ税)によって金をとっているだけでなく、株主として企業収益による利益もあげている。二重取り。すんごいシステムだ。超あたまいい。
ここまでくると相互依存がつよすぎて、「こんなのおかしい!」と内側の人間が気づいたとしても、自分たちだけではどうにもならないだろうと思う。
だからこそ選挙で「たばこを違法にします!」とかいう政治家が出てきて欲しいし、そういう人には必ず投票したいと思う。